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NAKANO Granite

回天 第8章 戦没者


第8章
戦没者
回天特別攻撃隊への志願
 終戦までに訓練を受けた回天搭乗員は1375人にも及んだ。そのほとんどが兵学校・機関学校出身の若者、学徒や学生出身の予備学生、20歳に満たない予科練出身者たちだった。年齢も17歳から多くても28歳、大多数は20歳前後の若者であった。回天による戦没者は、搭乗員、整備員他145名、没時の平均年齢は21.1歳である。
戦没搭乗員出身県計106名
樺太1名埼玉2名静岡2名山口5名
北海道10名千葉1名愛知3名徳島1名
青森1名東京9名三重1名福岡4名
岩手4名新潟4名京都4名佐賀2名
秋田1名富山1名大阪4名長崎1名
山形3名石川1名兵庫5名熊本3名
福島3名山梨2名和歌山2名大分1名
茨城5名長野4名岡山2名宮崎2名
群馬3名岐阜2名広島1名鹿児島6名
回天搭乗訓練生
出身
海軍兵学校89名
海軍機関学校32名
海軍水雷学校9名
予備学生210名
甲種飛行予科練習生935名
乙種飛行予科練習生100名
合計1375名
戦没回天搭乗員出身
出身
海軍兵学校19名
海軍機関学校12名
海軍水雷学校9名
予備学生26名
甲種飛行予科練習生40名
乙種飛行予科練習生0名
合計106名
回天による戦没者数
乗員種別平均年齢
搭乗員106名20.9歳
整備員39名21.6歳
合計145名21.1歳
戦没搭乗員106名発進・沈没87名
空襲被弾2名
訓練殉職15名
自決2名
戦没乗組員1193名
合計1299名
 必死必中の特攻兵器「回天」を搭載して南溟の敵中深く泊地を奇襲し、あるいは航行する艦船に対して回天戦を挑み、米海軍の心胆を寒からしめた回天作戦において、敵の攻撃をうけて帰らざる潜水艦は八隻、その乗員は八百十一柱を数える。
 劣悪な艦内環境に耐え、戦勢を挽回すべく憂国の至情に燃えて戦い、回天烈士とともに散華した勇士は、いまも艦とともに海底深く沈んでそのまま其戦場にあり、民族の急を救うべく戦った犠牲の精神は永えに活きている。
 われらいま、回天の聖地にその事績を刻み弔魂の誠を捧げる。





回天を搭載して出撃した戦没潜水艦
潜水艦名出撃基地目標海域出撃日
伊号第三七潜水艦大津島パラオS19.11.08112名
伊号第四八潜水艦大津島ウルシーS20.01.09118名
伊号第三六八潜水艦大津島硫黄島S20.02.2080名
伊号第三七〇潜水艦硫黄島S20.02.2179名
伊号第五六潜水艦大津島沖縄S20.03.31116名
伊号第四四潜水艦大津島沖縄S20.04.03126名
伊号第三六一潜水艦沖縄S20.05.2376名
伊号第一六五潜水艦マリアナ東方S20.06.15104名


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