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NAKANO Granite

錦帯橋-下巻-洞泉寺 二


第二十五章
洞泉寺2
錦帯橋

洞泉寺-とうせんじ

臥竜の梅-がりょうばい

洞泉寺

金銅如来形坐像-こんどうにょらいぎょうざぞう

(寺伝釈迦如来像)-じでんしゃかにょらいぞう

県指定有形文化財

岩国市横山1丁目10番31号

 像高66.5cm、膝張り49.4cm。右足を上に結跏趺坐する銅造の如来形坐像で、頭体部一鋳造と考えられ、鍍金の痕跡をとどめる。厚さは像底部で0.7cm〜1.5cm、鋳損じも認められず、胎内の中型土も上手に除去され、鋳造技術は良好である。
 頭部が体部に比べ大振りで、やや前に傾がせるものの彫りの深い明確な表現はなかなか優れている。朝鮮半島、14世紀初期(高麗時代後期)頃の制作と考えられ、県下に伝わる高麗仏の貴重な一例である。
 なお、本像は洞泉寺(岩国領主吉川氏の菩提寺、曹洞宗)の本尊で釈迦如来像として信仰されているが、洞泉寺への伝来については不詳である。

伝来と洞泉寺

 『防長寺社由来』(山口県文書館蔵)の横山・洞泉寺の項(昭和61年<1986>同館翻刻・第7巻)に、「一本尊釈迦 鉄佛 作不知」とあるのが、本像に係る唯一の歴史的記述である。したがって、本像が、いつ如何なる経緯で洞泉寺に伝来したかは不詳であり、伝承もない。なお、本像は、この記述通り釈迦如来として信仰されて来ている。
 また、洞泉寺(旧洞仙寺)は、山号を盤目山といい、曹洞宗、宝徳2年(1450)開基の吉川氏の菩提寺である。本来、芸州新庄(広島県山県郡大朝町)に寺地があったが、吉川氏の岩国移封に伴い、慶長8年(1603)現在地に移建され、岩国領5か寺の筆頭に位置した。
 洞泉寺の寺宝に景泰5年(1453)銘の「少林軒記」1幅(紙本墨書)がある。当寺の3世大規(博多の聖福寺で剃髪、永正10年<1513>没)が、景泰4年入明した翌年帰国したが、明に滞在中、禅学への専心ぶりを讃えられ普陀山で授与されたものである。
 さらに、財団法人吉川報效会(旧所有者は吉川家)が所有する重要文化財「元享釈書」(吉川経基筆、昭和34年12月18日指定)15冊は、もと洞泉寺が所有していたもので、明治になってから吉川家に納められている。
目加田家のお墓


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