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NAKANO Granite

錦帯橋-下巻-国木田独歩記念碑


第十九章
国木田独歩記念碑
錦帯橋

國木田獨歩-くにきだどっぽ

国木田独歩-記念碑

独歩と岩国
国木田亀吉(独歩)がはじめて岩国の地を踏んだのは明治十一年(一八七八)八月、彼が八才の時である。父専八が岩国裁判所勤務を命ぜられたためで、その後明治十六年(一八八三)専八が山口裁判所に転任するまで、その五年間の少年時代を岩国で過ごしている。
 独歩と錦見小学校時代同級生であった永田新之允(初代岩国市長、一九七一年歿)の言によれば、独歩はがり亀とか赤ざるとあだ名されるほどの腕白時代を楽しんでいる。岩国の自然は、このような独歩を大きく包み、すくすくと育てたようである。
 独歩は、父専八の転任にともない、山口、柳井に移り住んだが、山口県の自然とそこに住む人たちとの人間関係は、後年の文豪独歩の諸作品に大きく影響を与えている。『河霧』は岩国を舞台にした唯一の小説である。
 なお、碑文は『欺かざるの記』のなかの一節である。
昭和四十八年


岩國の時代を
回顧すれば
恍として更らに
夢の心地す
獨歩
独歩が住んでいた場所


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