「石工房」墓石・石の彫刻・インテリア・ストーングッズ

NAKANO Granite

錦帯橋-下巻-田中穂積


第二十四章
田中穂積
錦帯橋

田中穂積-たなかほづみ

※BGM♪が流れます。

美しき天然 (2分32秒 曲/田中穂積)

提供:童謡・唱歌の世界より

田中穂積先生略伝

 田中穂積先生は安政2年11月4日岩国市横山三丁目(千石原)に誕生、父は田中判右ヱ門、母は黒杭氏である。先生は幼少より音楽に天賦の才を有し、慶応三年日新隊鼓手となり、更に明治六年海軍軍楽隊に入り五等鼓手を振り出しに終生軍楽隊に籍をおいて、その発展に貢献するところ大であった。明治二十八年大本営附として広島に赴き明治天皇の側近に奉仕し、同三十二年累進して海軍軍楽長となり同年の夏、清国揚子江方面に出勤、三十七年心臓の宿痾を昌し軍楽隊を率いて戦没者の葬儀に参列、これが為、肺炎を併発して明治三十七年十二月三十一日あたら不世出の才幹を抱きながら享年五十歳で佐世保海軍病院にて永眠した。
 先生は自ら接すること謹厳、人に接すること謙譲その卓越した識見と高潔な人格は又世人の讃仰巳まないところであった。先生の作曲には不朽の名曲「美しき天然」を始め「黄海海戦記念行進曲」「如何に狂風」「南洋航路行進曲」等世に喧伝せられるものが多い。あの世界的に高名を馳せている「軍艦マーチ」もその原曲は先生の手になるものと言われている。
 先生が逝去されて五十周年を迎えた昭和二十九年に田中穂積顕彰会が設立され、先生の遺芳を後世に伝えるため徳風を追慕してここに胸像がたてられたものでその後更に昭和五十一年三月岩国錦ライオンズクラブの寄贈により看板及び胸像は改造された。
昭和三十一年三月


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